みなさんこんにちは、マーです。
今回の家計節約上級編は自家用車を捨てるです。先に言ってしまうと、私には無理です。居住エリアの交通網を考えると自家用車は私の必需品です。

自分でできないことを提案とかw
ごめんなさいね。居住エリアによっては刺さる話題だと思うので続けます。
この話は公共交通機関が充実している三大都市圏など、自家用車を必需品としなくてもよい居住エリア住まいの方を想定としたお話と捉えてください。
お前はまだ本当の地方を知らない
近年は特定の都道府県を自虐的に描く作品が有名になりました。
「翔んで埼玉(魔夜峰央著)」や「お前はまだグンマを知らない(井田ヒロト著)」が話題になりましたが、地方を表現するにはどちらも都会すぎます。

「そこらへんの草でも食わせておけ!」って実写映画版でも使われた名ゼリフはインパクトあったw!
2020年(令和2年)国勢調査によれば埼玉県は人口734万人(47都道府県中第5位)、群馬県は193万人(同18位)おり、人口密度で見ても埼玉県1929.89人/km2(同4位)、群馬県296.97人/km2(同20位)と、中間以上の数値を誇ります。

もっと人口密度の低い県は多いよ!
人口や面積だけで地方と断定することはできませんが、順位だけ見るとそうした作品群よりもさらに地方らしさのある都道府県が多いということになります。
私の故郷に比べればお前んとこも充分に都会なんだが?
どんなに交通網が発達していても、「地元は都会でなく地方」だと考える人が多いのかもしれません。
以前愛知県に行ったとき、タクシーの運転手に言われた「この辺は車社会でみんな車に乗っていますよ」という一言が印象的でした。JR線や私鉄線など鉄道網が発達している街でしたが、そんな地域ですら自動車が必需品なのかと驚いた記憶があります。

トヨタのお膝元だものね。
1時間に1本「も」ある!
地方とは何かと考えだすときりがないので、①早朝や日没後に交通機関での移動が厳しい地域と②日中の交通機関が1時間に1本未満を「地方」と考えてみます。
①は通勤や通学に支障がある、そして②は普段の買い物等での利用が困難という意味です。

通勤通学と普段使いで交通機関を使っているか、ってことね。
そう考えてみると国内は地方ばかりです。最寄り駅や最寄りのバス停が徒歩数100m圏内にないとか、あっても始発が朝6時以降、夜19時以降は1時間に1本以下とか、日中でも列車が1時間に1本あればいいという地域はごまんとあります。
なかには土日運休といった路線もあったりするので、結局自家用車が無ければ移動がままならないのです。
東京駅~上野駅で3.6km 田舎で1駅分歩くって民家も通行人もない一本道をそれ以上の距離歩くようなもの
また健康や自己啓発の観点から「通勤時に1駅分歩きましょう」と謳うものもありますが、地方の1駅間は4~5km離れているのはざらで、しかも街灯の少ない田舎道だったりすることも多く、これを1時間以上かけて毎日歩きましょうというのは現実的とは言えません。

景色が変わらず民家も商店もない田んぼ道を歩くのは、全然楽しくないよ!
「スマホやSuicaは維持費がかかるから捨てろ」と言われて手放せるの?つまり、そういうこと
少し古いデータですが平成22年国勢調査によると、15歳以上の就業者・通学者のうち自家用車で通勤通学している人が60%以上を占める都道府県は47都道府県中32県ありました。
その多くは鉄道で通勤通学している人が14%未満しかない都道府県で、そこから分かることは生活に自家用車が必須な地域が国内では圧倒的大多数ということです。


青いエリアは少数派だね。
よく節約界隈では車を手放せと言われますが、生活必需品を手放せと言われても本当に困るのです。
そういった方々は「スマホや鉄道系ICカードは維持費がかかるから捨てろ」と言われて手放せるのでしょうか?つまり、そういうことです。
自分の中の狭い価値観だけで結論を押し付けるのは危険な考えだと思います。

みんながみんな交通機関利用者なわけないよね。
自家用車を手放したほうが節約になるという人たちの言い分もわかるのですが、それはその人たちが自家用車が無くても生活できる地域に住んでいるからであって、自分の移動に困らず、老親や幼い子供たちを安全に移動させることもなく、近くで買い物にも困らないからこそ思いついてしまったひどく狭い世界の発想です。
「偏見のコレクション」を持ち込むことは、誰も幸せにしない
地方で思い出したのですが、以前勤めていた移住相談窓口ではたくさんの移住希望者の方々を見てきました。
彼らは言います。「田舎は物価が安い」「時間がゆっくり流れてる」「今の生活には無いあこがれがある」と。

3日でいいからガチで住んでみればわかるのに。
思うのは構いませんが激甘ですよね。物価が安いということは最低賃金が低いということだし、主体性なく生きればどこで暮らしても暇でしょう。
仮に移住したらしたで近所づきあいや地域の寄り合いが濃密すぎて、きっと初日で後悔しますよ。
いい年して「ダダっ子」か?
そして割と多いのは都会の常識を田舎に持ち込んで地域内をひっかきまわし、結局その地域に溶け込めない人。
どんな社会でもそうだと思いますが新参者として謙虚にふるまうかと思えば、かつていた世界を持ち出して有るはずのアレがないだのコレがないだのと要望ばかり。
いくら寛大な先住者でもまともに取り合ってくれるわけがありません。

「郷に入っては郷に従え」って言葉思い出したよ。
さらに田舎は想像以上に噂話が広まるスピードが速い。そうなるとその地域で暮らすのが困難になり、ひどい場合には悪態をつきながら去っていってしまうのです。
これはいったい誰が幸せになったのかわかりません。かの物理学者アルベルト・アインシュタインが「常識とは18 歳までに身につけた偏見のコレクションでしかない」と遺した通り、常識はあなたの偏見でしかなかったりするのです。
いろいろ話が飛んでしまいましたが、「強すぎる自我を多くの他人は受け入れてくれない」ことに尽きると思います。
「車を手放せ」は敵味方全体に大ダメージを与える強大呪文
格安SIMに切り替えるといった誰にでも通じる節約法と違って、この自動車維持に関する費用の節約は本当に人を選びます。
だからこそ気軽に唱えられないのです。地域やその人の生活によっても自家用車の要不要は変わってきますし、何より自家用車には公共交通機関や天候を気にせず人や物資を移動できるという最大のメリットがあります。
それでも車を手放せると判断したら手放せばいいと思うし、それが無理という人は私も含めてたくさんいると思います。

これに限らず、自分の価値観だけで唱えちゃいけない暗黒呪文があるってことね。
そんな状態で節約するならどうすればいいでしょうか。それは次回あらためて考えてみましょう。
今回もお付き合いいただきありがとうございました。

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